2016年01月01日

珍解説/後藤忠徳、海からの大量のCO2放出は無い

【珍解説者】 
 後藤忠徳/MANTA、@manta33blog
【記事】

(類似の珍解説)
 ○綾波シンジ/環境問題補完計画
(参考)
【ポイント】
タイトルからして「嘘・誤魔化し」の類となっている
 開いた口が塞がらないとでも言おうか、どんな思考をすればこうしたタイトルを付けられるのか不思議でならない。
 海には基本的に「水」という物質としてのCO2溶解・放出もあれば、言うまでもなく生物もいて光合成・呼吸・有機分解などもあり、もちろんそれぞれがそれぞれに変動してもいる。 しかも、人為排出量に比べて遥かに巨大な規模のCO2が常に、海から大気に放出されもするし大気から海に吸収されもしていることは紛れもない事実。
 海からの大量のCO2放出は「ある」のである。
carbon_cycle.png
(気象庁:各種データ・資料 > 海洋の健康診断表 > 総合診断表 第2版 > 1.4 海洋の温室効果ガス、図1.4-3 炭素循環の模式図(1990年代)
flux_map.png

(気象庁:各種データ・資料 > 海洋の健康診断表 > 二酸化炭素と海洋酸性化に関する診断表、データ > 海洋による二酸化炭素吸収量の分布図
 後藤氏が資料として挙げた下記の説明でも、「行き来」「交換」「やり取り」「出入り」との表現が適宜使われており、海によるCO2の放出・吸収のいずれもが厳然と存在していることが明確に意識されている。
●海と大気による二酸化炭素の交換(ココが知りたい温暖化:国立環境研究所)
●海洋の炭素循環と炭素収支(気象庁)

○海・陸と大気とのCO2のやり取りが自然だけなら「平衡状態」というのは誤り
 図らずも後藤忠徳氏自身が下図を持ち出してきているが、こうした観測事実を眺めて「平衡状態にある」などと解釈する者はまずいまい。
 これらはどう見ても、大気とのCO2のやり取りが平衡状態になどなっておらず、「常に変動している」としか言いようがない。 
気温・CO2濃度の前後関係
graph0-cdce6.jpg
 さらに、下図は(そして冒頭の気象庁の図も)「「平衡状態」が描かれている」ものでは全くなく、あくまで1年分のCO2移動の量的な「収支」を示しているのであり、「完全に釣り合っているわけではない」どころか、そもそも完全に釣り合って(帳尻が合って)「いなければならない」前提で描かれる性格の図である(合っていなければ質量保存の法則に反する)。
fig1-d384f.JPGfig2-928c5.JPG

○海は正味で」CO2の吸収が放出より上回っているのであることを、相変わらずはっきりさせない
 後藤忠徳氏の上記2つの記事では、「正味」という言葉が一度も使われていないようだ。この点をこうまであやふやにするということは、単に理解不足というより、何か作為的にそうしているのではないかとさえ思われてくる。
 最後のところで「つまりは、海からのCO2大量放出などなく、むしろ海がCO2を大量に吸収しているらしい」などと書いてしまっているが、これもタイトル同様、全くの虚偽といってよいほどの粗雑な書き振りである。
 下記に、彼の拙い文章に補足を加えてみておく。
『ただし完全に釣り合っているわけではない。大気中のCO2も海洋中のCO2も刻々と変化する。なので海か大気のどちらかへ過剰にCO2が移動しているケースは無論ありうる。ではどちらに過剰に移動しているのか? 前回の温暖化連載(下記)でその計算例を紹介した。計算結果によれば、大気から海へ年間約21億トン(炭素重量に換算)の過剰なCO2移動が明らかとなった(なお、この例では「海からの正味の放出もありえる」として計算している)。』
↑ この文での移動量・放出量はいずれも正味の量。

『「そりゃおかしいぞ! 図2は古いし間違いじゃないか?図1の方が正しくて、CO2は海から大量に放出されている!」という人、図2がなければ図1もないことをお忘れなく。』 
↑ この文での放出量は、過剰・正味分を得る「前」の実際に放出された総量。つまり、違う意味の放出量が「混ざって」いる

『つまりは、海からの正味でのCO2大量放出などなく、むしろ海がCO2を正味で大量に吸収しているらしい。』
↑ この文では再び、「正味の量」の話に戻る。また、この「正味」の吸収量が「大量」なら、海によるCO2の実際の放出量と吸収量はどちらも「正味」の45倍ほど(「絶対」移動量で言えば合わせて90倍ほど)もあり、さらに遥かに大量。

(これはほぼ蛇足だが)実は気象庁のHPでは図1はもはや掲載されてはいない」も
 この炭素循環図は既に冒頭で示しているとおり、気象庁サイトの別のページにて引き続き掲載されている。


【追記】
後藤忠徳/MANTA氏による珍解説記事のコメント欄に下記の反論が掲載。適宜寸評しておく。

MANTA
本記事を批判するトラックバックをichijinさんから頂きました。/ichijin.seesaa.net/article/397791931.html
以下のようにお返事いたします(『』は上記ページより引用)。

・上記の図2は『「平衡状態」が描かれているものでは全くない』と指摘されていますが、間違っています。原資料を読むべきでしょう。
Figure 3.1のキャプションによれば、"これらの矢印はCO2の釣り合いを示している。海については物理的な大気-海洋間での交換(physical air-sea exchange)であり、毎年概ね釣り合っている”だそうです。さらに3.2.3の2段落目(p.197)では"大気と海面での交換は、そこを横切る分子拡散による"と明記されています。つまり図2は物理的な"交換"あるいは"平衡状態"を描いています。
←こちらの指摘を理解できていない様子。「毎年概ね釣り合っている」は、あくまで「海については」の話で、しかも「概ね」と断られている(つまり厳格には「釣り合っていない」ということ)。
 一方、こちらが言っているのは図「全体」の性格(「概ね」の釣り合いでは間違いとなる)のことであり、一部ではない。なお、ここでの「釣り合い」の意味合いを英語で見るなら、「Figure 3.1のキャプション」ではbalanceという表現が使われており、equilibriumは登場しない。
 「3.2.3の2段落目(p.197)」との箇所も、海−大気間のCO2交換過程そのものが主として何によってなされているかを説明しているだけであり、平衡に絡んでも反対に、CO2分圧の差によって正味のCO2移動が起こる(つまり平衡の「状態」にはなく、CO2濃度は変動する)ことを述べている。

・『海によるCO2の放出・吸収のいずれもが厳然と存在している』ことは当然です。人為的影響がない状態で釣り合っているかどうかです。
ところで先のFigure 3.1のキャプションでは「釣り合っていない部分」についても言及があり、"複数年〜複数世紀に渡るCO2濃度変化に影響を与えうる"そうです(与えるではなく、与えうる)。ではそれは具体的にどの程度の大きさかというと、Francey et al. (Nature, 1995)の式1がそうであるように、大気中のCO2濃度変化において"交換"の項は無視される(できる)のが通例です。
複数年〜複数世紀に渡るCO2濃度変化」と、「複数世紀」も含めて言うなら、大気CO2濃度を上げようとする要素であるCO2排出量の全量のうち、人為排出量が占める割合は最大の現在でも3%程度であり、100年前や200年前に遡ればさらに僅かとなっていく。一方、大気CO2濃度は既に数世紀前から、気温とともに上昇してきている。
 また、わざわざ「与えるではなく、与えうる」と念押しするのは、恣意的にそう曲解させたいのか、どこか胡散臭さを感じさせる。

・ご反論がお有りでしたら、上記の図2の両矢印が"交換"や"平衡状態"を示していないという文献をご紹介ください。ichijinさんのブログの文献はいずれも"交換"または"平衡"を示すものです。
・ちなみにFrancのey et al. (Nature, 1995)では、"交換"における「disequilibrium term(※)」についての記述があります。ただしこれは炭素同位体比についてであり(式2)、大気濃度そのものには影響を与えないと考えられています。
←この手の文献やら論文やらを示せとの要求は、もはや逃げ口上の類。しかもここでは、後藤忠徳氏による解釈や理解の仕方が主に批評されているのであり、そうした話に文献などあろうはずもなく、求めるだけ無駄。

※注:equilibrium=平衡なので、上の記事中では「平衡状態」と書いた。しかし厳密には、i) 物質の濃度変化も物質輸送もない状態を平衡状態といい、ii) 物質の生成過程と分解過程の速度が等しく物質の濃度変化がない状態を動的平衡状態という。よって上記は動的平衡状態と言い換えたほうが正確である。なお分野や視点によっては、定常状態と呼ばれる場合もある。 
←性質や意味合いの異なる平衡(equilibrium)・釣り合い(balance)・定常/安定(steady)といった話を相変わらず混ぜこぜ
 また、平衡「状態(にある)」とは、平衡に「達している」状態のこと。だから「物質の濃度変化がない」となる。一方、大気CO2濃度はどの期間をとっても常に「変化している」のだから、何ら平衡状態と呼べるものではない。
by MANTA (2014-06-27 19:17) 

MANTA
追記:上記の反論に対する反論がブログに追記されたようです。しかし、残念ながら、同氏は科学的な議論の仕方をご存じないようです。(以下はichijin.seesaa.net/article/397791931.html#commentより)

>「3.2.3の2段落目(p.197)」との箇所も、海−大気間のCO2交換過程そのものが主として何によってなされているかを説明しているだけであり
それを理解することが大事なのですが、分子拡散を理解できないようですね。
←何を議論しているのか分かっていないようだ。
 問題にしているのは「分子拡散」そのものではなく、それによってなされる海−大気間のCO2交換過程が「平衡状態にあるのかないのか」、ということ。

>この手の文献やら論文やらを示せとの要求は、もはや逃げ口上の類。
科学では「証拠」をベースに議論します。それを示さない議論はもはや疑似科学、あるいは妄想です。
←これも相変わらず頓珍漢。、「科学では「証拠」をベースに議論」するという中で、そうした証拠などに対する後藤忠徳氏の解釈・理解が珍妙であると指摘しているのである。

それでも同氏のブログを読んで、「科学的なブログだ」と思う輩が多いようです。科学技術教育の重要性をあらためて感じます。
by MANTA (2014-06-30 12:51)

MANTA ※一つ前の追記との重複部は除く。
>問題にしているのは「分子拡散」そのものではなく、それによってなされる海−大気間のCO2交換過程が「平衡状態にあるのかないのか」
この一文に、氏が分子拡散を全く理解できていないことが示されていますね。またFrancey et al. (Nature, 1995)などで、大気中のCO2濃度変化において"交換"の項が無視されている例を紹介しましたが、それに対する科学的な反論もありません。
←平衡状態か否かだけでなく、「交換」についても頭の整理がつかないらしい。
 後藤氏の言葉を使って言えば、「大気-海洋間での交換」は「分子拡散による」もので、「毎年概ね釣り合っている」となる。これは、そうした「交換」によってCO2濃度は常に変化する(つまり「物質の濃度変化がない状態」ではないのだから、平衡状態にない)が、一年分の大量の排出量と大量の吸収量の収支を取れば正味で概ね釣り合っている」という主旨。
 「大気中のCO2濃度変化において"交換"の項は無視される(できる)」も、あくまでこの「(正味で)概ね釣り合って」に類する話。

>そうした証拠などに対する解釈・理解が珍妙であると指摘しているのである。
ですので指摘に資する資料を持ってこられるとよいでしょう。ichijin氏の資料はいずれも"交換"または"平衡"を示すものです。
←引き続き頓珍漢。後藤氏が提示した同じ資料を見て、「いずれも"交換"または"平衡"を示すもの」といった彼の解釈・理解の珍妙さを指摘しているということ。
by MANTA (2014-07-01 19:06) 

−蛇足−
内容でもって反論できていないコメントが足された模様。
MANTA
どうも「平衡」や「正味」の意味が分かっていないのに、上記の記事を批判している人がいるらしい。上記のリンク先などを少しは読んだらどうだろうか? また、当ブログはCO2変化と気温変化の相互の因果関係を「無視している」とも批判されているようだ。実際にはもう何度も書いてる。
科学を理解したフリをして持論を振りまいたり、批判や質問に対して「既出だよ」と言われることは、普通は恥だから控えるのだが、そんなことには気が付かず「オレ、温暖化懐疑派の論客!」と思い込む人もいる。まさにこういう「論客」が科学をダメにしている。(背景には、こんな意見を本当と信じ込む「市民」の存在もある)。だからこんな余分な補足を書かねばならない。困ったもんだ。
※これは原発批判にもつながる傾向である。興味深いので別に記事を書こう。
Twitterでぶつぶつとつぶやく暇があるのなら、ここへコメントを寄せられたらどうであろうか? 貴殿が、いわゆる無知な「論客」でないのなら、
by MANTA (2014-05-25 10:44) 

加えて、要望を受けてトラックバックをしたにもかかわらず、下記のコメントが掲載。対応の仕方が頓珍漢な上、相変わらず内容ゼロ
MANTA
※トラックバックが多数届きました。内容を読んで承認しましたが、当記事を適正にご紹介頂いているようには到底思われません。特に反論に資する資料が皆無です。先方からのコメントを待ち、ご批判の意図を伺いたいと思いますが不適切な引用記事を紹介し続ける必要はありませんので、コメントが届かない場合は関連するトラックバックを全て削除します。ご了承下さい。(なお本コメントは管理用メモですので、後日削除します) 
by MANTA (2014-05-25 17:10) 

mushi
お疲れさまです、としか言い様がないですね・・・。平衡の意味を理解していない(あるいはわざと曲解している)のは、私のブログに対するコメントと同じです。 
by mushi (2014-05-26 00:12) 

MANTA
mushiさん、コメントありがとうございます。まずは同氏からのコメントを待ちたいと思います。彼のブログの解説では全く的を射ていませんので。どうぞよろしくお願いいたします。 
by MANTA (2014-05-26 07:43) 

posted by ichijin at 12:03| Comment(8) | TrackBack(0) | 懐疑批判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

珍解説/後藤忠徳、CO2はどこから来たか?CO2に聞けば良い

【珍解説者】 
 後藤忠徳/MANTA、@manta33blog

(類似の珍解説)
 ○綾波シンジ/環境問題補完計画
(参考)
 ○人為温暖化「言説」批評:後藤忠徳氏(2)ブログ/CO2はどこから
  来たか?CO2に聞けば良いtogetter

【ポイント】
○人為CO2についての排出・吸収の言い方として、人為CO2「が排出される」は良いが人為CO2「が吸収される」は間違い
 化石燃料消費や土地利用変化などの人間活動で生じる二酸化炭素であるいわゆる人為CO2は、大気に対しては確かに人為CO2「が排出」されるのであるが、そうして排出されていったん大気に混ざってしまえば、その後はもはや「これが人為CO2である」などという区別はなく、排出「後」の人為CO2は自然排出のCO2や大気中に元からあるCO2と一体となるものである。

 したがって、人為CO2「が吸収される」といった、あたかも吸収されるのが人為CO2「そのもの」であるかのような言い方をするのは間違いであり、そうした表現を使った解説などに接した際には、その表現だけでなく、どこか間違った内容を含んでいると疑ってかかってみると良い。

 この類で良く見聞きしそうな例として、
  排出された人為CO2「の」およそ半分「が」大気中に「蓄積」
といったものがあると思うが、これも典型的な「間違い表現」の一つである。

 後藤忠徳氏の上記記事でもこの手の「間違い表現」がしっかり使われ、それで自らが「虜」に陥ってでもいるのか、ちゃんと弁えている者にとっては誠に珍妙な解説の流れとなっている。

(参考)
菊池誠/kikulog、@kikumaco
 ・「地球温暖化懐疑論批判」 2009/10/28: fdcb2100
 ・「地球温暖化懐疑論批判」(2) 2010/4/3: fdcb2100つぶや
 ・地球温暖化問題つづき 2010/12/12: つぶや
  ※主に「fdcb2100」、「つぶや」との名のコメント者が上記と同様の問題点を
   指摘。

○CO2、O2の吸収・排出のことを言う中で、それが「正味」の意味での吸収・排出である箇所がいくらもあるにも拘らず、その断りが一切ない
 こうした意識・配慮がさっぱりないからか、「CO2が海から放出されているどころか、逆に海はCO2を吸収してくれている」などという可笑しなことを、しかも平然と結論めかして書いてしまっている。

○厳然としてあるものをあたかも無きかのごとく無視
 決め打ち的な結論に持っていくために無視されている事実として、大きくは次の点が挙げられる。

 ・海・陸ともに吸収だけでなく「排出も」するのであり、その量・変動も人為に比べ桁違いに大きいこと。

 ・海洋によるCO2の吸収量・排出量はいずれも、産業革命前に比べて増加していること。

 ・「呼吸」も大きな自然の排出源であること。

 これらをしっかり頭に入れて彼の解説を読んでみれば、「本当にそうか?」となるようなところがぽろぽろ出てくるだろう。


【追記】
後藤忠徳/MANTA氏による珍解説記事のコメント欄に下記の反論が掲載。適宜寸評しておく。

MANTA
本記事を批判するトラックバックをichijinさんから頂きました。/ichijin.seesaa.net/article/391458300.html
以下のようにお返事いたします(『』は上記ページより引用)。
・CO2について『「正味」の意味での吸収・排出である箇所がいくらもあるにも拘らず、その断りが一切ない』とのご指摘ですが、上記の図3にあるように海からの放出も吸収も両方共扱っています。(Oが正の値なら大気からの吸収、負の値なら大気への放出)
←指摘の意味が理解できていないようだ。図3の説明部を修文すれば、
Oが正の値なら正味で大気からの吸収、負の値なら正味で大気への放出
 のように書くべき、ということ。
・『これらをしっかり頭に入れて彼の解説を読んでみれば、「本当にそうか?」となるようなところがぽろぽろ出てくるだろう』との指摘ですが、科学者の言うことを疑うことは大事です。
一方で、中学校レベルの数学を理解する努力をしましょう。
←「一方で」以下は相変わらず中身ゼロ。どの点がどのように、といった指摘が少しもない。
・『海・陸ともに吸収だけでなく「排出も」するのであり、その量・変動も人為に比べ桁違いに大きい』との指摘ですが、誤って理解されているようです。詳細は下記のコメント欄を御覧ください。/http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2014-05-24
こちらで寸評。
・『したがって、人為CO2「が吸収される」といった、あたかも吸収されるのが人為CO2「そのもの」であるかのような言い方をするのは間違い』というご指摘ですが、これは仰るとおりでしょう。人為的に排出されたCO2の14%に「相当する量」を陸地が吸収しており同30%に「相当する量」を海が吸収しているというほうが適切です。
しかし人為的に排出されたCO2の56%に「相当する量」が大気中に溜まることを、人為的に排出されたCO2によらずに説明することは不可能でしょう。
←「しかし」以下は別の勘違い。自然だけによる元々の大気CO2濃度も変動してきているのであり、しかもその変動は、人為CO2排出量に比して100倍近い規模のCO2のやり取りがある中で起きている。
・細かなことですが『人為CO2』は日本語としても専門用語としてもおかしいですね。せめて「人為起源CO2」とすべきでしょう。 
by MANTA (2014-06-27 23:51) 

MANTA(前コメントの追記分)
・ところでichijin氏自身は、どこが「中学校レベル」かが分からないようです。上記の記事で懇切丁寧に説明したにも関わらず、以下のように思い込んでいる点です。
”自然だけによる元々の大気CO2濃度も変動してきているのであり、しかもその変動は、人為CO2排出量に比して100倍近い規模のCO2のやり取りがある中で起きている”
世の中には、自身の主張をするだけして、他人の主張を読まない・読めない方がおられます。当ブログにもしばしばそんな方からのコメントが届きますが今回は(本当に)小学生か幼稚園児と議論しているようです。是非上記記事や紹介したページを熟読いただきたいところです。
←これまた中身のない、ただのレッテル貼りの類。まともな反論に窮するとこうした反応にもなるという、ありがちな醜態をまたも晒している。 
by MANTA (2014-07-01 19:21)


−蛇足−
本記事は後藤忠徳氏の該当記事にトラックバックされたが、先方は削除したようなので以下のようにコメント。そしてそれに対する後藤忠徳氏の対応。
(コメント先)
(コメント)
conAGW
温暖化記事に対するトラックバックが「適宜削除」ではなく、単純に「全て」削除されたようなので、こちらに挙げる形を取る。
珍解説/後藤忠徳、CO2はどこから来たか?CO2に聞けば良い
※このコメントも勿論、そちらが「このコメントがお気に召さないようでしたら、削除いただいても一向に構いません」と言っているものに当たるので自由にどうぞ。by conAGW (2014-03-18 09:41)

MANTA
conAGWさんのコメントをスパムとみなし、ご本人のご希望通り削除いたしました。ご了承下さい。 by MANTA (2014-03-18 12:41) 

conAGW ※後藤忠徳氏は受付拒否で下記は読めず。
ここでは消えてももちろん結構。
「そちらの」希望には何ら制約がないし、そちらのそうした「行ない」自体も含めて消えずに別途、残されてもいくので。
>conAGWさんのコメントをスパムとみなし、ご本人のご希望通り削除いたしました。ご了承下さい。 by MANTA (2014-03-18 12:41) 

( MANTA
※後藤忠徳氏が得意とする印象操作。しかも相手をブロックしてからの掲載。
conAGWさんからコメントを頂きました。同氏のブログにおける、上記への反論ページの紹介でしたが
・反論に資するソースが一つも示されていないこと
・当ブログでの本論を理解することなく反論しようとしており、科学的議論のキャッチボールがまったくできていないこと
・私を含む多数の研究者・ブロガーさんたちへの人格的な批判など他人を貶める発言を繰り返していること
の3点を鑑みて、やむを得ず削除いたしました。また同氏のコメントをこれまでみておりましたが、上記3点は多くのコメントに共通しており、・同氏の主義・主張も明確には示されておりません。以上を勘案し、当ブログでは当面の間、同氏のコメント・トラックバックを受け付けない設定といたします。このようなコメントを寄せてくる人物は8年を越える当ブログには見当たらず、苦渋の決断となった次第です。科学的な議論でヒートアップするなら健全ですが、論拠もない悪口のオンパレードは見るに絶えません。科学とはそういことではないと考えます。 by MANTA (2014-03-18 14:32)  )
↑ 内容で返せないとなると凡そこうしたことしか言えなくなるという、お定まりと言っても良いようなコメント。この様子では次の記事でも、こちらの指摘を何ら呑み込めていない内容になりそうな気配。
 →残念ながら懸念したとおりの記事が掲載。それに対する当方の批評はこちら

mushi
私も、conagwさんのコメントは基本的に非公開にすることにしました。リチャード・ドーキンスが、創造論者との討論を拒絶する理由の、万分の一くらいは実感できた気がします。 by mushi (2014-04-05 17:38) 
対論録/mushi、人為CO2の排出が大気CO2濃度の変動に与える影響 にて、mushi氏が見せないコメントも含めてやり取りを掲載。

MANTA
>リチャード・ドーキンスが、創造論者との討論を拒絶する理由の万分の一くらいは実感できた気がします。 
世の中には「科学的」とは何かを理解しない(できない)人で、実は満ちているのだと思います。彼はその一端にすぎないのでしょう。科学を正確かつ分かりやすく伝える重要性をヒシヒシと感じます。一方、荒らしは荒らしとして、毅然とした態度で対応するのみです。mushiさん、お疲れ様です。お互い、サイトの管理者として当然のことをしただけです。by MANTA (2014-04-08 12:06)

MANTA、追伸
mushiさんのブログを少し拝見しました。/http://ameblo.jp/mushimushi9/entry-11794535205.html
(以下は、conAGWさんのコメント)
>【実際の地球】
>・人為CO2が大気に排出され続けていても、その量にも応じて大気中CO2濃度も一方向に上がっていくということはなく、濃度は常に上がりも下がりもしている。
conAGWさんの上記コメントはもちろん間違いです。同氏のものの言い方もおかしい。例えば下記。
>それから、こちらから確認している点への回答はどうなっている?
ずいぶん高圧的ですね。こういう行為が「荒らし」とされる要因です。mushiさん、お疲れ様です。同氏はご自身のブログで、私を含む多数のブロガーや研究者に悪態をつく行為を繰り返しているようです。私はとうの昔に同氏のブログを読んでいませんが、いまも悪口を書かれているのでしょうね。でもなーーんとも思いません。conAGWさん、どうぞ好きに悪態をついてください。そして持論を展開して下さい。それが言論の自由です。同氏の書かれていることと、私達が書いていること、どちらが科学的に正しいかは私達以外の人達が読み、そして理解することでしょう。by MANTA (2014-04-08 18:16)

MANTA
どうも理解できない人がいるようなので追記。
上記のOは「負の値」も取りうる。すなわち「海から大気への放出」も答えとしてもちろんあり得る。そして計算の結果、Oはゼロより大きかった。だから「大気から海への吸収」が約21億トン/年なのだ。これは中学生レベルの数学。理解できないのようならば、温暖化懐疑派などやめたまえ。by MANTA (2014-05-19 19:40)
↑ 数学・算数というより国語の問題か。「大気から海への正味の吸収」ということをしっかり理解した思考が必要であるということが、どうしても理解できないらしい。

また、当方へのコメントを受けて改めてトラックバックをしたところ下記のコメントが掲載。対応の仕方が頓珍漢な上、相変わらず内容ゼロ
MANTA
※トラックバックが多数届きましたので承認しましたが、当記事を適正にご紹介頂いているようには到底思われません。特に反論に資する資料が皆無です。先方からのコメントを待ち、ご批判の意図を伺いたいと思いますが、不適切な引用記事を紹介し続ける必要はありませんので、コメントが届かない場合はトラックバックを削除します。どうぞよろしくお願いいたします。(なお本コメントは管理用メモですので、後日削除します) 
by MANTA (2014-05-25 17:20)

綾波シンジ
お久しぶりです。炭素循環に関する温暖化否定論は、用語の意味を独自に解釈(誤解)して、それをもとに元が「間違い」だとするパターンですから、相手のしようがありません。彼らは、言葉をこねくりまわすことが「科学的な論議」だと思っているフシがあります。根拠を示して、またその根拠の意味を理解して論議するという最低限の基本が成り立っていないのですから、相手のしようがありません。やり取りを見た第三者が判断できるご対応、お疲れ様です。by 綾波シンジ (2014-07-05 09:56)

MANTA
綾波シンジさん、ご無沙汰しております。
>彼らは、言葉をこねくりまわすことが「科学的な論議」だと思っているフシがあります。
そのようですね。なにせ”AはBである”という資料を使って”AはBではない”という議論を展開されていますからね。それは間違った資料ですよと指摘いたしましたら、「文献や論文を示せとの要求は、科学者の逃げ口上だ」とのお返事でした。(http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2014-05-24
まっとうな科学者ならこんなセリフ、恥ずかしくて口にできません。「私は無知です」と言っているのと同じですから。
↑ 文意を歪曲しての引用は後藤忠徳氏の習性か。元の文はこの手の文献やら論文やらを示せとの要求は、もはや逃げ口上の類」。にもかかわらず、「この手の」を省く一方で「科学者の」を勝手に付け加え元の意味を捻じ曲げ、あたかも「科学者による文献・論文の要求の全てが逃げ口上である」かのようにしてしまっている。「この手の(要求)」とは「後藤忠徳氏がここでしているような」ということである上、要求するのが科学者であるか否かは全く関係ない
妄想科学やニセ科学に魅了された人は異常な熱意をもってそれを広めようとします。これは日本だけに限った話ではありません。その熱意を正しい科学へ向けることができれば、、、とも思いますが、これは私にとっての宿題です。とりあえず、このブログで私ができる事は、ニセ科学の信奉者とはどんな人達かを肌で知ることと、私が正しいと思う科学を示し続けることくらいです。 ちなみにこの「勝負」は私の負けです。「ニセ科学vs科学」はいつもニセ科学側の勝利に終わりますから。よろしければ下記をご参照ください。/http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2014-05-30  by MANTA (2014-07-05 18:44)
 
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珍解説/後藤忠徳、CO2増加は人為的か自然変動か?

【珍解説者】
 後藤忠徳/MANTA、@manta33blog
【記事】
(類似の珍解説)
 ○綾波シンジ/環境問題補完計画
  ・主観(妄想)を正しいと信じる「海洋起源CO2増加説」
(参考)
 ○人為温暖化「言説」批評:後藤忠徳氏(1)ブログ/CO2増加は
  人為的か自然変動か?togetter
 ○菊池誠/kikulog、@kikumaco
  ・「地球温暖化懐疑論批判」 2009/10/28: fdcb2100
  ・「地球温暖化懐疑論批判」(2) 2010/4/3: fdcb2100つぶや
  ・地球温暖化問題つづき 2010/12/12: つぶや

【ポイント】
○「つまり「大気中のCO2の増加は、人為的なCO2排出と密接な関係がある」といえる」は、全く「つまり」になっていない

人為的なCO2排出量が「少なめの年」の、しかも一部しか合っているように見えない年のチェリーピッキングだけで、 あたかも全体が合っているかのように匂わせる。
他の合っていない「少なめの年」に加え、「多めの年」、「どちらでもない年」はどうなのか、読者に全体判断させぬまま話を切る。
個別に彼がチェリーピッキングしている期間を見てみても、下記のように自然要因の方が遥かに良く符合している。
1974-75年太陽黒点11年周期底打ち、気温低下
1980-83年: 
82年エルチチョン火山噴火による気温低下、その前後の年のCO2濃度上昇は別段小さくない
1992-93年91年ピナツボ火山噴火による気温低下
1998-99年: 
98年はエルニーニョで気温もCO2濃度上昇も史上最高、翌年はその反動で気温・濃度上昇ともに大きく低下
2009年: 
これは2008年の間違いで、08年は太陽黒点11年周期底打ち、気温低下
これらに加え、彼はなぜかCO2濃度上昇が最も小さい1964年を含めていないが、この年も太陽11年周期が底打ちし、気温も低下。

○恣意的な「中略」により、引用元の本来の文意を歪める
−引用のされ方−
・「大気・海洋環境観測報告 第7号 2005年観測成果
 2.温室効果ガス > 2.1 二酸化炭素
 (図 2.1.4 の解説文より引用)
”二酸化炭素を主体とする炭素循環は定量的に全て把握されているわけではない。
 (中略)
 人間活動により排出された二酸化炭素が、そのまま大気中の濃度増加には反映されていないことがわかる。
 (中略)
 排出された二酸化炭素が海洋や森林・土壌に吸収・蓄積され続けているとともに、その吸収・蓄積量が年によって変わることを意味している”

−引用元の段落全文(赤字が特に問題の「中略」部分)−
人間活動による排出量と実際の大気二酸化炭素の濃度変動
二酸化炭素を主体とする炭素循環は定量的に全て把握されているわけではない。図2.1.4は、石油などの化石燃料の消費による二酸化炭素排出量から計算した濃度増加率と、観測から得られた実際の全球の濃度増加率の経年変動を示したものである。人間活動により排出された二酸化炭素が、そのまま大気中の濃度増加には反映されていないことがわかる。
実際の濃度増加は、排出量による濃度増加より少なくなっている上に、人為起源による二酸化炭素排出量は年によってそれほど大きな変動はないのに、観測された濃度増加率は大きく変動している。実際の濃度増加が排出量から想定される濃度増加より少ないことは、
排出された二酸化炭素が海洋や森林・土壌に吸収・蓄積され続けているとともに、その吸収・蓄積量が年によって変わることを意味している。その二酸化炭素の吸収量は、気温や海水温、気象条件などによって変わるため、どこにどれだけ吸収されているのか正確に見積もることは大変難しい。地球全体における炭素循環の定量的把握が今後の課題となっている。
2_1_4.png
図2.1.4 人為起源による排出量から想定される二酸化炭素濃度増加率(緑線)と実際の観測による大気中二酸化炭素濃度増加率(赤棒)の経年変動。排出量は国連のエネルギー統計をもとにCDIAC(米国二酸化炭素情報解析センター)が二酸化炭素放出量に換算したもの。観測による濃度増加率はWDCGGの解析による。(英語略)
−引用元終わり−

なお、この気象庁の解説ページには、人為CO2排出量と自然のCO2排出・吸収量との規模感の大きな違いを確認できる下記のような図も掲載されている。
2_1_3.png
図2.1.3 毎年の炭素換算の全球での二酸化炭素放出量(Emission)と吸収量(Absorption)とその内訳(平均値)。内訳は、セメント生産と化石燃料(Fossil fuels and cement production)、海洋との交換(Exchange from or to ocean)、土地利用の変化(Changing land-use)、全球の正味の基礎生産と呼吸(Global net primary production and respiration)からなる。これらは炭素循環の大気に関連する部分である。単位はGtC(1GtCは炭素換算で10億トン)。しかし、その値はまだ不確定さが大きいとされている(IPCC 1995をもとに作成)

○前項の「歪曲」的な引用に基づき、本来の論旨を「転倒」させる
引用元の段落では吸収の話しかしていないが、それでも、
「海洋や森林・土壌に吸収・蓄積され続けているとともに、その吸収・蓄積量が年によって変わる」
「吸収量は、気温や海水温、気象条件などによって変わる」
と言っている。つまり、複雑なのは自然の要素のほうなのである。
しかも、こうした複雑さは人為的なCO2排出がもたらしたものではなく、自然が元から持っている変動の特性に過ぎない。
にもかかわらず、
「大気中のCO2濃度は人為的なCO2排出量の影響を色濃くうけるが、その影響が複雑で、簡単に記述できないだけである。(複雑=無関係とはいえない)。」
などと、あたかも「人為的なCO2排出量の影響が」複雑であるかのように言うのは全くの曲解

○異論者の大勢として「言っていないこと」まで混ぜ込み、その上で筋違いの解釈をする
記事の末尾付近で、
 「(人為的なCO2排出量は)無関係と決めつけるのは理が通らない」
などと言っているが、人為的CO2が排出されているのは厳然たる事実であり、「無関係と決めつける」者など一体どれだけいるのか。
異論者が言っていることの要点は、
 「人為より自然によるCO2の排出・吸収量の方が遥かに大きく、しかも変動してもいるのだから、大気中CO2濃度も自然変動の影響を大きく受ける
ということである。


【追記】
後藤忠徳/MANTA氏による珍解説記事のコメント欄に下記の反論が掲載。適宜寸評しておく。

MANTA
本記事を批判するトラックバックをichijinさんから頂きました。/ichijin.seesaa.net/article/391167724.html
以下のようにお返事いたします(『』は上記ページより引用)。
・「大気中のCO2の増加は、人為的なCO2排出と密接な関係がある」とは言えないとのご批判ですが、上記記事では「その影響が複雑で、簡単に記述できない」とすでに記述済みです。では具体的な様相はどうか? については下記にまとめました。
 http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2014-03-13
 http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2014-05-23
 http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2014-05-24
←「珍解説」をただ列挙しているだけ。また、こちらは「「大気中のCO2の増加は、人為的なCO2排出と密接な関係がある」とは言えない」との批判はしていない。人為的なCO2排出「も」もちろん、大気中のCO2の増加に関係している。ただしそれは、自然の排出分と合わせた全てのCO2排出源に占める割合(約3%)だけ、ということ。
・『実際の濃度増加は、排出量による濃度増加より少なくなっている上に、人為起源による二酸化炭素排出量は年によってそれほど大きな変動はない』とのご指摘ですが、それこそが自然のなせる技です。その具体的記述は上記の拙ブログの通りであり、「複雑だから分からない」と批判するならばそれは稚拙と言えるでしょう。
←相変わらず曲解・勘違い、というより日本語の読解力の問題? 
 まず、元の文から『実際の濃度増加は、排出量による濃度増加より少なくなっている上に、人為起源による二酸化炭素排出量は年によってそれほど大きな変動はない』という珍妙な切り取り方をして、「それこそが自然のなせる技」などと言うこと自体が間違い。元の文から読み取るべき「自然のなせる技」とは、『実際の濃度増加は、排出量による濃度増加より少なくなっている上に、・・観測された濃度増加率は大きく変動との部分。
 したがって、こちらが何を批判しているかについても間違えている。「複雑だから分からない」ではなく、「複雑なのは自然のほうであり、人為ではない」と言っているのである。
・貴ブログでは『人為CO2排出量と自然のCO2排出・吸収量との規模感の大きな違い』を示す図として、棒グラフを紹介されていますが、引用元ではその大部分は、i)海洋との交換(Exchange from or to ocean)及び、ii)全球の正味の基礎生産と呼吸(Global net primary production and respiration)と記載されており、これらはCO2濃度上昇には直接は寄与しません。貴殿の引用サイトでも次のように書かれています。
 http://www.data.kishou.go.jp/obs-env/cdrom/report2005/html/2_1_0_1.htm
 "現在は、人為起源を含めた放出量のわずかな超過分が毎年大気中に蓄積されて濃度を増加させ続けている"
←日本語に加え、グラフの読解力もない?
 排出側に「i)海洋との交換」「ii)全球の正味の基礎生産と呼吸」が人為分とともにあって初めて、吸収側を上回れるのであり、そうした自然排出分もCO2濃度上昇に直接寄与しているということ。
 引用サイトのほうも正に「人為起源を含めた放出量」と書かれているのだから、これは「人為分+自然分」なのであり、この「合計された放出量」から吸収量を差し引いた結果が「わずかな超過分」となるのである。
・明確に書かれた内容を伏せつつ、自身の主張に都合よい部分のみの引用は科学の世界で最も嫌われる行為の一つであることを知っておきましょう。
←これは全く反対で、「明確に書かれた内容を伏せつつ、自身の主張に都合よい部分のみの引用」をしているのは後藤忠徳氏のほう。それに対して、「明確に書かれた内容を伏せ」ずに示した上で論評しているのがこちらの記事である。
 後藤氏は今回の反論でも上記の通り、文章の珍妙な引用をまた披露してしまっている。
by MANTA (2014-06-28 22:06) 

−蛇足−
本記事は後藤忠徳氏の該当記事にトラックバックされたが、先方は削除したようなので以下のようにコメント。そしてそれに対する後藤忠徳氏の対応。
(コメント先)
(コメント)
conAGW
温暖化記事に対するトラックバックが「適宜削除」ではなく、単純に「全て」削除されたようなので、こちらに挙げる形を取る。
・珍解説/後藤忠徳、CO2増加は人為的か自然変動か?
※このコメントも勿論、そちらが
「このコメントがお気に召さないようでしたら、削除いただいても一向に構いません」
と言っているものに当たるので自由にどうぞ。 
by conAGW (2014-03-18 09:41)

MANTA
conAGWさんのコメントをスパムとみなし、ご本人のご希望通り削除いたしました。
ご了承下さい。 
by MANTA (2014-03-18 12:41) 

conAGW ※後藤忠徳氏は受付拒否で下記は読めず。
ここでは消えてももちろん結構。
「そちらの」希望には何ら制約がないし、そちらのそうした「行ない」自体も含めて消えずに別途、残されてもいくので。
>conAGWさんのコメントをスパムとみなし、ご本人のご希望通り削除いたしました。ご了承下さい。 by MANTA (2014-03-18 12:41) 

( MANTA
※後藤忠徳氏が得意とする印象操作。しかも相手をブロックしてからの掲載。
conAGWさんからコメントを頂きました。
同氏のブログにおける、上記への反論ページの紹介でしたが
・反論に資するソースが一つも示されていないこと
・当ブログでの本論を理解することなく反論しようとしており、科学的議論のキャッチボールがまったくできていないこと
・私を含む多数の研究者・ブロガーさんたちへの人格的な批判など他人を貶める発言を繰り返していること
の3点を鑑みて、やむを得ず削除いたしました。
また同氏のコメントをこれまでみておりましたが、上記3点は多くのコメントに共通しており、・同氏の主義・主張も明確には示されておりません。
以上を勘案し、当ブログでは当面の間、同氏のコメント・トラックバックを受け付けない設定といたします。このようなコメントを寄せてくる人物は8年を越える当ブログには見当たらず、苦渋の決断となった次第です。
科学的な議論でヒートアップするなら健全ですが、論拠もない悪口のオンパレードは見るに絶えません。
科学とはそういことではないと考えます。 
by MANTA (2014-03-18 14:32)  
※内容で返せないとなると凡そこうしたことしか言えなくなるという、お定まりと言っても良いようなコメント。この様子では次の記事でも、こちらの指摘を何ら呑み込めていない内容になりそうな気配。 
 →残念ながら懸念したとおりの記事が掲載。それに対する当方の批評はこちら

また、要望を受けて改めてトラックバックをしたにもかかわらず、下記のコメントが掲載。対応の仕方が頓珍漢な上、相変わらず内容ゼロ
※トラックバックが多数届きましたので承認しましたが、当記事を適正にご紹介頂いているようには到底思われません。特に反論に資する資料が皆無です。先方からのコメントを待ち、ご批判の意図を伺いたいと思いますが、不適切な引用記事を紹介し続ける必要はありませんので、コメントが届かない場合はトラックバックを削除します。どうぞよろしくお願いいたします。(なお本コメントは管理用メモですので、後日削除します) 
by MANTA (2014-05-25 17:20) 
 
posted by ichijin at 12:01| Comment(6) | TrackBack(1) | 懐疑批判 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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